見えないこと

Unsichtbarkeit. Stationen einer Theorie der Intersubjektivitaet.

備忘。

ホネットは、「不可視性」を、1920・30年代のアメリカを舞台にしたラルフ・エリスンの小説『見えない人間』を素材に論じている。ホネットが着目したのは、人種差別的な侮蔑行為だった。

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

この「不可視性」が現在の問題であることは、湯浅誠氏の『反貧困』でふれられている。そこでは貧困の最大の特徴が「見えにくさ」であると指摘されている。それは、貧困問題が問題として取り上げられにくいことや政府行政が実態を把握しようとしないことだけではない。「文字通り姿や顔が消される、という意味でもある」(86ページ)。

その例として、ケン・ローチ監督の映画『ブレッド&ローズ』での描写やポリー・トインビー『ハード・ワーク』の一節が引用されている。しゃがんでいるビル掃除人の頭上を会話を途切れさせることなくまたいでいくビジネスマン、官庁街で乳母車を押して歩く保育助手を無視するエリートたち。そこでは「透明人間」になっているとされる。

たしか、ホネットは、テニスの試合を物象化の例にしたことを不正確であったとし、より適切な例として戦争行為を挙げていたと思う。しかし、そのようにいわば特殊化してしまうと、逆に「不可視性」概念(あるいはホネットが再構成した意味での物象化概念)の射程を狭めることになるかもしれない。

と同時に、しかし、たとえば「儀礼的無関心」との関連や、「不可視性」ないし物象化の社会病因論など、もっときめ細かな議論が必要になると思う。「不可視性」の現象学はそれ自体まだ展開途上と言えるかも……。いや、当たり前ですね 😐